「うわっ、なんだこれ!」
……という悲鳴まじりの言葉を、むりやり押さえつけた。
なんとも言えない刺激に、思わず顔がゆがむ。
接着剤とセッケンを混ぜて、
漢方薬でコトコト煮込んだら、
こんな味になるかもしんない。
留学先のノルウェー。
高校生の僕にとって、初めての海外。
先生が「食べる?」と小さな箱を手渡してくれた、
中には、まっ黒な、小さな謎のキャンディー。
テーブルを囲むみんなで箱を回して、
口に放りこんだ。
直後、口が泡立つんじゃないかと心配になるような、
セッケンを思わせる香りとともに、
強烈な刺激が、口をこえて、顔の全体に広がった。
「もしかして、腐ってるんじゃないか」と
クラスメートの顔をうかがったったけど、
みんな、平気な顔をして授業に集中してる。
まさかこれが正しい味ってことか・・・・・・
グミのように、すこしだけ弾力があるけど、
かみ切れるほど柔らかくはない。
水なしで呑みくだすには、大きすぎる。
かといって、
先生からもらったものを吐き出すわけにもいかない。
表情を殺して、口の中で転がす。
素早く溶け去ってくれることを祈りながら。
ついに舌が、しびれてきた。
「人間が食べるものとは思えない…… 」
それが初めて出会った、
「リコリスキャンディー」の感想だった。
そしてこの出会いが、
僕の人生を、ちょっと、おもしろくしてくれている。
調べてみたところ、
リコリスは、スペインカンゾウ(リコリス)というハーブらしい。
それを色々味付けして、キャンディーにしたりグミにしたり。
ヨーロッパ全土や、アメリカ、オーストラリアでも人気らしい。
存在感バツグンの、
真っ黒なあのお菓子を、
海外で見た人もいるかもしれない。
そして味がすごい。
とにかく、独特の、強烈な刺激とクセがある。
「自動車のタイヤのような味」ともいわれるらしい。
正直、何がおいしいかわからない。
だけど……僕は食べ続けた。
納得できなかったからだ。
そして少し悔しかったからだ。
先生にリコリス飴の箱を渡されたみんなは、「ありがとう」と普通に受け取って、口にほおりこんでいた。近くのスーパーには、まっ黒なリコリスのお菓子が、何種類も並んでいる。あんな強烈な食べ物を、子どもたちは親にねだって、おいしそうにかぶりつく。周囲に、リコリスを嫌うそぶりを見せている人が見当たらなかった。
薬でもないし、宗教上の理由でもない。
なのにみんな食べてる。
この真っ黒で、わけのわからない味のものは、
チェルシーやミルキーやポッキーのように、
みんなに普通に好かれているということだ。
それが分からないことが、ちょっと悔しかった。
だから、ちょっと試してみようと思った。
いくつかあるリコリス菓子の中で、
比較的、「マズさの少ない」やつをみつけて、一袋買った。
偶然、リコリス味ののど飴だった。
やっぱり黒い。
初めて食べたやつに比べると、だいぶん食べやすい。刺激は強いけど、セッケンっぽさが少ない。塩の入ってないやつが食べやすいっぽいようだった。
まずはこの一袋を食べてみようと思った。
1つめ、やっぱり、強烈な味。わけがわからない。
2つめ、3つめ、4つめ。舌がしびれる。
だけれども、顔がゆがむレベルではなくなってきた。
刺激に慣れてきた。
一袋食べきるころには、
ビビらずに食べられるようになってきた。
クラスメートに、より強烈なやつをすすめられても、とりあえず、食べれるようになってきた。2粒もらちゃっても、2つとも食べれるようになった。
調子に乗って、もう一袋買ってみた。
とりあえずこれを、「愛用のど飴」として、この1年,なめてみようかなと思った。
寒いこの国で風邪をひきたくなかったのもあって、カバンの中に常時入れることにした。スクールバスの中で、授業中、ホストファミリーとテレビをみながら、なめた。
なめているうちに、ちょっとずつ、わかってきた。
この刺激が、クセになるんだなと。
例えば、コーヒーやビールの苦み。
あるいは、春菊や、菜の花、フキノトウの苦み。
苦いものって、そんなにおいしくないはずなのに、欲しくなっちゃう。
苦みだけじゃない。
カマンベールチーズや、ブルーチーズの臭み。
杏仁豆腐や、チョコに入ったプラリネの、あのクセ。
あのクセがないと、そもそも魅力がない。
そんなものがある。
リコリスも、そういうモノなのかもしれない。
そう気づいた自分が、ちょっと誇らしかった。
そこから僕は、
自分にあるルールを課すようになった。
それは、「どんなマズいものも、3回食べてみる」ということ。
ピータンを初めて食べたときも、顔がゆがんだ。人の食い物かこれは、と思った。2回目、なぜか、食べれちゃった。むしろあの、こってりしたクセが、ビールのうまさを劇的に高めてくれる。
フィリピンでは、バロット(孵化が近いアヒルの卵)を食べてみた。半分に割ると産毛やくちばしが視認できる、日本人にはなかなかインパクトのある食べ物。3回目で、豚足とかそういう感じの、珍味に近いような魅力があるんだなとおもった。怖がって一口で丸呑みしようとすると、舌の奥が圧迫されてウエッとなるから、ちゃんと何口かに分けて食べるとおいしい。
「なんだこれ!?」と思うものも、3回食べると、何とかなる。
1回目は、その癖や、インパクトの強さに意識が持ってかれて、味わえないけど、
2回目はすこし冷静に食べられる。
そして3回目には、ちょっと慣れてきて、味わいながら、どこがおいしいのかを、分析できる。
そんなことをしているうちに現地の人が「お前それ喰えるのか!」って喜んで、仲良くなってくれたりもする。
世界中に、びっくりする食べものがある。
日本でも、刺身や、梅干しや、納豆は、外国人が嫌がったりする。
味だけですらない。
マンガや音楽、お笑い、アート……
最初は、「え? なにこれ?」って思うけど、いつの間にか、それが沁みついて、なんだかほしくなっちゃうものが、世の中には溢れてる。
だから僕は、そんな時、異質だからとすぐにはねつけずに、
「リコリスの教え」を思いだす。
「これは人の食べ物じゃない!」と思っても、3回食べてみる。
「何がおもしろいの?」と思うゲームも、3回やってみる。
「この人は苦手」と思っても、3回はおしゃべりしてみる。
3回ためしてみて、やっぱりこれは無理だと思うこともある。
どこがいいのか分っても、やっぱり好きになれないこともある。
でも、たったそれだけで、少し幅が広がる。
この世界と、人生を楽しくしてくれる可能性を、増やすことができる。
でも、僕が「これは無理だ」とあきらめたものもある。
それは、フィリピンで出会った「SARSI」というコーラ。
1回目は3口ぐらいで飲めなくなって、
2回目は1口目で「これはもうだめだ」とギブアップしたけど、
あれから7年たった今、
また機会があれば、チャレンジしてみたいと思いはじめている。
写真はCreative Commonsより
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コーチ・ファシリテーター 西田博明
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